『不妊症/1型糖尿病』【治験例35】《自然妊娠》|あん鍼灸院

更新日:
不妊

1. 主訴

不妊症/1型糖尿病

2.患者様

40歳前半

3.現病歴と症状

1)3年前、人間ドッグで糖尿病を疑われた。自覚症状はない。別の病院で再検査をしたところ、『1型糖尿病』と診断された。HbA1c値*は9.0%であった。ケトン体が血液中に出ていた。4ヶ月後、症状が悪化、段々と痩せ体重が8kg減った。現在、ホルモン療法中で携帯型装置でインシュリンを注入している。現在、HbA1c値は6.9%になっている。尿検査、腎臓検査、眼底検査、歯の検査を2ヶ月に一度、血液検査を毎月、行なっている。

*HbA1c値とは、赤血球中のヘモグロビンに血液中のブドウ糖(グルコース)が結合したグリコヘモグロビン量のヘモグロビン全量に対する割合(%)をあらわす。血糖値が高いほど、高血糖の状態が長く続くほど、HbA1c値が増加する。また、HbA1c値はいずれの時間帯に採血しても大きな変化がない特徴を持つ。グリコヘモグロビンは一度できるとその赤血球が死ぬまで消滅しない。そして赤血球は約4カ月の寿命で、HbA1c値はその平均年齢ともいえる過去1~2カ月間の血糖コントロール状態を反映したものと言われている。通常、「赤血球」100個の中で、糖結合タイプは5個(すなわち、5%)ほどですが、高血糖になって「糖」が多くなると、6~10個(すなわち、6~10%)になる。正常範囲は、HbA1c値6.5%以下。

2)2年前から病院で不妊治療をしている。不妊治療は、相談機関と話をして体外授精移植を考えている。病院からHbA1c値が6.5%以上の場合、生まれてくる子供に影響を与えるので妊娠を控えるように言われている。

3)子宮筋腫が子宮の着床位置に1個あり大きさは3㎝である。子宮筋腫は3ヶ月前に別の病院で切除手術を受けた。6ヶ月間は妊娠不可と指導されている。

4)右側卵管閉塞があると診断されている。

5)月経周期が23~25日と短い。高温期が短く、基礎体温が上昇しにくい。

鍼灸治療で体質改善をして妊娠したいと来院されました。

4.糖尿病とは

一般に「糖尿病」は、その原因の説明に主にインシュリンの量に問題があるとして議論されます。

例えば、「糖尿病情報センター」日本糖尿病学会よれば

糖尿病は、「インスリンの作用が十分でないためブドウ糖が有効に使われずに血糖値が普段より高くなっている状態」と定義されている。その記事では1型、2型糖尿病は次にように説明されている。

1)1型糖尿病

膵臓からインスリンがほとんど出なくなるため、血糖値が高くなる。注射でインスリンを補う治療が必須となる。膵臓の機能低下があり十分なインスリンを供給できなくなってしまう状態で、細胞の入り口を開けるための鍵(インスリン)が不足しているので、糖が細胞内に入れず血液中にあふれてしまう。しかしながら、その原因はまだはっきりしていないという。

2)2型糖尿病

インスリンが出にくくなったり、インスリンが効きにくくなったりすること(インスリン抵抗性)によって血糖値が高くなる。その原因は遺伝的な影響に加えて、運動不足や食べ過ぎが原因で肥満になるとインスリンが働きにくくなるといわれている。しかしながら、その原因はまだはっきりしていないという。

このように、病気の説明はインスリンというホルモンにほとんど集中しています。しかも、インスリン抵抗性などの本質がわかりにくい。まるで全てがインスリン一つで動いている様です。

 

しかし、動物の体というのはインスリンという狼煙(のろし、指示、スイッチ)も重要ですが、「食物から糖質を吸収し血液中に集めると、それを肝臓で形が違う別の糖に変換し、変換した糖を主に肌肉に貯蔵する、そして、必要に応じて、その貯蔵した糖を元の形の糖に戻して血液中に放出しエネルギーとして使う仕組み」を備えています。これは体全体の制御システムです。

詳しくいうと、食物に含まれる糖質が消化吸収され、グルコースという糖になり、さらに血液により全身に運ばれエネルギーや細胞の素材として利用される。消費されずに余ったグルコースは、肝臓で一時的にグリコーゲンという糖に変換されて人体中、最も量が多い肌肉に貯蔵される。これを【糖代謝】という。糖代謝は「肝臓」で行われている。これは、「膵臓」にあるα、β細胞からそれぞれインスリン、グルカゴンというホルモンが出て糖代謝の作動を全身に指令(スイッチON)される。特に重要なのは、肝臓機能と肌肉にどのくらい糖を貯蔵できるかがポイントになる。肝臓は化学工場、肌肉は貯蔵庫(ストッカー)なのです。

この観点から『糖「グルコース」を肌肉に効率よく大量に「グリコーゲン」の形で貯蔵できるようにすること、そして、貯蔵した「グリコーゲン」を必要な量だけ「グルコース」に変え血液中に移動できるようにすることが糖尿病の治療方針』と考えます。

体には、血液中のグルコース(糖)をグリコーゲンの形に化学変換して肌肉中に貯蔵するベクトル、反対に肌肉に貯蔵されたグリコーゲンをグルコースに化学変換して血液中に必要量を戻すベクトルが存在します。この両ベクトルのバランスがヒトの恒常性(いつも健康で元気な状態を維持すること)を保ちます。これを『動態平衡』と呼びます。

この患者様は、動態平衡に関して後者のベクトルが過度に優勢になっています。それで、先ずはエネルギー不足を補うために蓄積していた脂肪を分解してエネルギーを確保します。脂肪はトリグリセライドといいグリセリンに3個の脂肪酸が化学結合しています。これが代謝されると、最終的に二酸化炭素(CO2)と水(H2O)になります。次いで、身体は糖が絶対的に不足していると認識しているので、自身の肌肉を分解してでも、そこから得られた糖を血液中に移動させます。肌肉の細胞や他の組織の細胞を構成する一つの成分であるタンパク質には、糖が化学的にくっ付いていて『糖タンパク質』という化学構造になっています。だから、4ヶ月間で8kgも痩せました。しかし、血液中には糖(グルコース)がすでに充分あって高血糖となります。副産物としてタンパク質分解産物のケトン体(>C=O)とアミン体(-NH2)が出てきます。動態平衡が崩れた「結果」です。身体の制御システムが間違って飢餓状態を作り出しています。飢餓状態なので、当然のことながらインシュリンは自ら停止させています。これが1型糖尿病です。

以上のように、糖代謝の動態平衡を復元するために、体質改善することが鍼治療の目標です。その体質改善の先に妊娠が期待されます。

5.治療結果

(1回目) 脈診と腹診、および問診等から体と病、および経脈の「陰陽虚実」を診て治療方針を決定。妊娠がなかなかできないのは、その原因となる病因が必ずあります。その病因を治すことが治療の目標です。
「妊娠」は、月経以降に基礎体温が低く抑えられ、その間、卵子を育て、全ての遺伝情報を書き込み、DNA、いわゆるデータベースを完成し、ついでそれを包む卵胞の爆発という排卵が起こる。排卵後、基礎体温が上昇し授精を促し、卵子の細胞分裂と卵子からの血管を子宮内膜に根をおろす着床が起こる。授精ができなかったときには月経が起こるという循環が大切です。

この患者様の問題点は、糖尿病を発症したご自身の体質から、上記循環や妊娠期間中の胎児成長の維持が難しくなったために妊娠がなかなかできなかったと考えられます。

全身を制御している経絡の気の、すなわち電気的調整を行う鍼治療を開始し、患者様が抱える病因を解消する治療方針とした。

(15回目)基礎体温表をつけている。高温期の基礎体温が36.7度以上にならなかった。さらに高温期の期間が4日間だった。10日ほど不足する。HbA1c値は6.8%だった。基礎体温は、上記の循環が正常に動いているかを知るために、大切です。当院では、これを重視します。

(21回目)HbA1c値が6.4%に低下した。しかし、高温期の基礎体温は未だ、ほとんどが36.7度以下であった。高温期の基礎体温を上昇させる方向に治療方針を変更した。

(33回目)高温期の基礎体温は未だ上がらない。36.7度以下であった。患者様から、2ヶ月先に病院で体外受精移植をする希望があった。

(36回目)高温期の基礎体温が36.9度にも上昇した。この0.2度の上昇は大きい。しかし、その期間は3日間だけだった。HbA1c値は6.9%で上昇した。

(41回目)大学病院を受診したところ、子宮癌検診で「高度子宮頸細胞異形成」と診断され、円錐切除術で異形成部分を切除することになった。

(45回目)このところ、高温期の基礎体温は36.7度以上で推移し6日間続いている。治療方針を改善した。

(63回目)HbA1c値が6.8%になった。生理があった。高温期の基礎体温は、36.7~36.8度が5日間続いた。日数は短いが、36.8度まで上昇した。周期は25日で少し短い。

(67回目)排卵日から、もう16日間、高温期が続いている。下腹部が重いという。基礎体温は36.9~37.2度を維持している。随分、上昇した。

(68回目)妊娠検査薬で陽性が出た。自然妊娠でした。翌日、病院へ行き、検査で胎嚢が確認できた。6週目である。

(71回目)8週目。出血が続いている。胎嚢は成長が停止している。残念ながら、その翌週、流産した。大変、悲しまれ、体外受精移植を考えたいとおっしゃいました。今回は残念だったが、母体は生命の誕生を学習したはずである。他の患者様にも同様な事例があります。1回目の自然妊娠がうまくゆかなくても、2回目はたやすく自然妊娠することが多いのです。母体の知恵と思います。そのようなことを話し合い、患者様は次も自然妊娠で進める決心をしました。

(76回目)HbA1c値が6.6%になった。

(81回目)HbA1c値が6.4%になった。

(83回目)排卵日より高温期の基礎体温が36.8~37.0度でもう13日間続いている。

(84回目)2度目の自然妊娠がわかった。高温期は20日間、継続している。生理から30日目である。

(87回目)胎嚢の大きさは8.9mm、7週目で心音を病院で確認できた。翌週、HbA1c値が6.3%になった。つわりがあるが、吐き気はない。食事は問題なく食べれる。子宮頸の円形切除術を昨年、受けている。再度の手術の勧めが病院からあったが、早産の可能性と破水のリスクが大きいという。ご夫婦は話し合い、再手術を受けないことを決心した。

(93回目)HbA1c値が6.2%になった。15週目。胎児は頭から尻まで8cmに成長して良好だという。安定期に入るが治療を続けることにした。

(96回目)HbA1c値が6.1%になった。毎月、0.1ずつ低下している。19週目。基礎体温は36.5~36.9度で推移している。

(100回目)HbA1c値が6.0%になった。23週目。胎児は550グラムで良好である。

(103回目)HbA1c値が5.9%になった。26週目。胎児は1,200グラムで良好である。

(109回目)出産を約1ヶ月後に控え、胎児は1,800グラムで良好な成長をしている。本日をもって治療を終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

表1 治療中のHbA1c値(%)の推移

この患者様の1型糖尿病はHbA1c値が6.9%から5.9%まで低下した。一度、6.4まで低下していたが、基礎体温の低下があり治療方針を変更した。その後、『基礎体温は当面、上がらずとも糖尿病が良くなれば筋肉に糖を貯蔵でき、それを熱に変えることができるようになる』と考え、治療方針をその時点に戻した。それが良い結果をもたらした。

HbA1c値6.8%時点で初めて自然妊娠したが、残念ながら流産した。その後の2度目の自然妊娠はHbA1c値が6.4%で、母体が妊娠を継続できると判断したと思う。さらに、患者様の治療を進めるにつれて、基礎体温曲線は高温期と低温期を形成し、それぞれの正常な基礎体温と期間を保持できるようになったことが妊娠できた要因と考えます。それだけではなく、全身の体質が改善して健康体になってきたことも大きい要因と考えています。

2度目の自然妊娠以降のHbA1c値がずっと低下し続けたのは、妊娠中、胎児が糖を消費したためではないかと思われるかもしれません。しかし、2度目の自然妊娠前までに、HbA1c値はすでに6.9%から6.4%まで0.5%低下して糖尿病は改善の方向にあった。従って、これ以降、胎児の成長に糖を消費したためにHbA1c値がさらに低下したとは考えにくい。インスリン1日投与量はずっと一定であった。

 

1ヶ月後、元気な男の子を出産したと連絡を受けました。2,900グラムでした。元気にすくすくと成長されますように。大変嬉しい。一段落して、赤ちゃんがお腹にいない状態で糖尿病の治療を続ければ、より良い結果が得られるものと考えています。

以上

実績/症例から探す

タイトルとURLをコピーしました